生きているということ

 

「もうやる薬がないからせぇへんのよ」

 

「そうなんやねぇ」

 

少し早い春のポカポカした陽気を軒先に感じる午後。

窓から入る柔らかな風とあたたかな太陽の光を感じながら、マッサージをさせてもらっているとき、おばちゃんとそんな会話をかわしました。

 

 

 

 

 

おばちゃんは、わたしが母のお腹の中にいる時から、ずっとお隣さんで、わたしからすれば祖父の弟のお嫁さんという繋がりです。

 

数年前にガンが見つかり、あちこちに転移している状態らしく、病院に通いながらの抗がん剤治療を続けていました。

 

 

去年の秋、マッサージのモデルになって欲しいと話して、二つ返事で受けてくれたとき、ちょうど投薬期間中でした。

 

身体に触れた瞬間、本当にちょっとでも圧をかけたら壊れてしまう厚さ数ミリのガラス細工に触れているような感覚で、とてもショックを受けました。

 

彼女自身が、病気のことや治療のこと、それにまつわる不安など全く感じさせないので、わたしもそこにはあまり触れることなく、身体を触って感じることを話したり、昔の思い出話をしたりしながら、1時間半はあっという間に過ぎました。

 

それからしばらくして、実家に帰ることがあったので、家の玄関の前で祖父と話していたとき、おばちゃんがやってきて、「おまえに助けられたんよー」と言います。

 

何の話かと思って聞くと、マッサージしたときに、どうもわたしが腎臓の働きがよくないような感じがすると話したらしく、お水を意識的に飲むようにと言ったそうなのです。

 

次に病院に行った時、使っている薬がきつかったことが判明して、変えてもらってからは身体が楽になったというのです。

 

言った本人は、その時感じたことを話してるだけなので、なんと言ったかまでは覚えていなかったのですが、おばちゃんの身体を触ったあと、やたらと口や喉の渇きを感じたのは覚えていました。

 

その時から、薬の投与が終わる期間に合わせて、マッサージをお願いしてくれるようになって、今回が4回目。

 

 

次の薬の投与がいつ行われるのかに対する返事が、冒頭の言葉でした。

 

 

その言葉は、相変わらず淡々としていて、身体を触っている分には、初めて触れたときのガラス細工のような危うさもなく、身体自体は楽なんだろうなという感じがしていたので、次の言葉がなければ不安に気づけないところでした。

 

「でも、やっぱり数値は上がってるんやて」

 

 

春の、初夏を思わせるようなあたたかな陽射しの中、のんびりとゆったりと、時にわたしが小さい頃に、はたまたおばちゃんが昔乗った北海道から大阪までの寝台列車のレストランの中に、時間旅行をしながらのマッサージは、気付いたら2時間を超えていました。

 

 

 

 

今、生きているということ。

この瞬間を、自分自身として目の前の人と共有しているということは、本当に奇跡だなと感じます。

 

その奇跡の瞬間に、

目の前の人と、今どんな話をしたいだろうか。

 

その奇跡を経験している瞬間に、

何を選択し、どうしたいだろうか。

 

自分にできる、最善のこととは何か。

 

 

普段の生活では、反応的に出てくる感情やアイデンティティのドラマの只中にすぐ入っていってしまうこれらの質問を決して忘れないように。

 

 

わたしは、一人じゃないことに本当に感謝しています。

 

あなたがいてくれることが、最高の贈り物です。

 

読んでくれてありがとうございます。